スタッフ紹介

北真岡院

名前 池田充貴
資格 柔道整復師
経歴 2003年 栃木県立真岡北陵高校入学
2014年 さいたま柔整専門学校入学
2018年 東京柔整専門学校編入
2019年 おおがね整骨院入職
2024年 おおがね整骨院北真岡院院長就任
出身 栃木県真岡市
趣味 ダイエット・UFOキャッチャー・温泉
好きな
食べ物
ラーメン、アイス

メッセージ 栃木県真岡市出身の池田充貴と申します。
学生時代は小学生と高校生でサッカー、中学生で陸上(長距離)に所属していました。

サッカー部時代はゴールキーパーで高校生の時には副キャプテンに任命され、キャプテンと共にチームを支えていました!と言いつつ、ほとんどキャプテンが引っ張ってくれて、私は縁の下の力持ち的な役割で影から支える形でした。

高校卒業後は製造業の会社に就職しましたが、人と接する仕事がしたいと思うようになり退職し、その後、スポーツインストラクター•配送業•サービス業の経験をしてきました。

経験をした結果、人のためになって役に立つ仕事がしたいと思うようになり、柔道整復師という資格がある事を知りました。
当時整骨院は知っていましたが、柔整整復師の資格が必要でどんな事をしているか分かっておらず、学校に行って資格を取得しないといけないという事もあり悩んでる時期でした。

そんな時、私の運命が動き出す出来事が起こったのです。
その日は休みで実家にいたのですが、母親が腰の痛みで起き上がれなくなってしまいました。母親が、友人から話を聞いていて良いところがあるから連れていってほしいと言われ行ったのが、おおがね整骨院でした。

抱きかかえながらいきなり行ったにも関わらず、丁寧に対応して頂き結果、腰椎椎間板ヘルニアだったのですが、治療して頂いたおかげで今では、小さい孫と一緒に遊んでおんぶが出来るほどに回復し、元気に過ごしています!

そんな出会いがあり、自分が経験したように、家族や身近な人が困っている時に手を差し伸べて元気になってもらえる、そんな事が出来るこの仕事の素晴らしさ、やりがいを感じ、自分も同じようになりたいと思いこの道に進む事を決意しました!

私の強みは、他の仕事をたくさん経験した事で、どんな動作が多いのか、どのような環境下でお仕事をされているのか等を実体験を元に共感し、話が出来て対策できることです!

私自身、工場勤務をしていた際に数時間立ちっぱなしで作業をしていて腰を痛めた事がありました。
それでも仕事を休むことはなく痛みがありながらも、これくらいなら大丈夫だろうと出勤を続けていました。

皆さんも同じでないでしょうか。
多少の痛みがあっても我慢する、これくらいは仕方ないと諦める、その結果、ひどい症状になってからどれだけご自身に負担を掛けていたのか気付く方も多いと思います。

私は皆様がそんな思いをする前に、痛みを取って、痛みのない生活を送っていただけるようサポートしていきたいです!

少しの痛みがあればこれくらい平気だろうと思わずに、私にお任せください!

また、限界まで頑張ってこられた方々も、改善が出来るように全力でサポートさせていただきます!何が出来るのかを一緒に考えさせてください!

真岡市の多くの方々に痛みがなく生活出来るように、お役に立てればと思っております。

宜しくお願い致します!

名前 倉持美咲
資格 柔道整復師
経歴 2018年 宇都宮中央女子高校入学
2021年 帝京大学入学
2025年 おおがね整骨院入職
出身 壬生町
趣味 SixTONESの推し活、宇都宮ブレックスの応援
好きな
食べ物
オムライス、チョコレート

メッセージ はじめまして!
おおがね整骨院真岡中央院の倉持美咲と申します。
私は栃木県の壬生町という自然豊かで穏やかな町で育ちました。のびのびと外で遊ぶことが多く、体を動かすことが好きだったことから、小学校の担任の先生に勧められてバレーボールを始めました。身長が高かったこともあり、最初は「向いているからやってみたら?」という軽いきっかけでしたが、練習を重ねるうちに競技の楽しさや仲間と頑張る喜びに魅了され、本気で取り組むようになっていきました。

しかし、バレーボールを続ける中で常に付きまとっていた悩みが“怪我”でした。私は怪我をしていない期間がほとんどないほど多くの痛みを経験しました。特に高校生の時は春高を目指し、毎日ほぼ休みなく練習をしていたため、身体の負荷に対して十分なケアが追いつかず、膝を痛めてしまい思うようなプレーができなくなってしまいました。そんな苦しい時期に支えてくれたのが、通っていた整骨院の先生でした。施術で痛みを和らげてくださるのはもちろん、再発しないようにストレッチやトレーニングまで丁寧に教えていただいたおかげで、無事に高校3年間バレーボールを続けることができました。この経験が私の中に「私もこんなふうに痛みで悩む人を助けられる存在になりたい」という気持ちを芽生えさせました。

さらに大学生になってからは、小学生の頃から痛めていた手首を治すために手術を受けることにしました。思うように手が動かせず、ボールを触ることすら難しい時期もあり、リハビリも長期間続きました。焦りや不安で落ち込むことも多かったのですが、担当してくださった先生方はいつも親身に寄り添い、その日の状態に合わせて丁寧にサポートしてくださいました。その温かさに何度も救われ、身体だけでなく心も支えてもらったことは、今でも私の大きな原動力になっています。この経験を通して、私は「痛みを取るだけでなく、患者さんの気持ちに寄り添う施術者になりたい」と強く思いました。

就職先を決める際には、私の中で“手技で痛みを取りたい”という明確な思いがありました。その中で「手技で世界を変える」というビジョンを掲げているおおがね整骨院に出会い、ここでなら自分の理想とする施術者を目指せると感じました。同じ症状でも原因は人それぞれ異なるため、私は患者様一人ひとりにしっかりと向き合い、その人に合わせた施術を行うことを大切にしています。

痛みで悩んでいる方が少しでも前向きになれるよう、そして笑顔で日常生活を送れるように、これからも全力でサポートさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

名前 山崎茅乃
資格 柔道整復師
経歴 2002年 鹿沼市生まれ
2008年 鹿沼市立菊沢西小学校入学
2014年 鹿沼市立北中学校入学
2017年 鹿沼東高等学校入学
2020年 帝京大学入学
2024年 おおがね整骨院北真岡院入職
出身 鹿沼市
趣味 スポーツ観戦
好きな
食べ物
お寿司、檸檬🍋

メッセージ 私は中学・高校と陸上競技部に所属し、中学では走幅跳と駅伝、高校では1・2年生で走幅跳、3年生では七種競技に取り組んでいました。
競技を続ける中で怪我が多く、特に捻挫や肉離れを繰り返していたため、思うように練習ができず、焦りや不安を抱えることも多くありました。
初めて大きな怪我をした中学生の頃、捻挫をし痛みが強く、「もう大会には間に合わないかもしれない」と落ち込んでいました。そんな時に連れて行ってもらった整骨院で手技や電気治療を受け、少しずつ痛みが引いていき、そのたびに気持ちも前向きになっていきました。
当時の私はとても心配性で、痛みがなくなっても「また捻ったらどうしよう」「本当に走っても大丈夫なのかな」と競技に対して不安に思うことが多くありました。
しかし、担当していただいた女性の先生はいつも私の気持ちに寄り添い、些細な表情の変化にも気づいて声をかけてくれました。
「いつまでに何が出来れば大会に間に合うか」「どうすれば再発を防げるか」「不安なことはある?」と毎回丁寧に聞いてくださり、身体の痛みだけではなく、心の部分までしっかり支えてくれました。
治療の技術だけでなく、心のケアがどれほど大きな力になるのかを実感しました。
その後も大事な大会前に怪我をすることは多かったのですが、整骨院に行くと自然と不安が軽くなり、前向きに競技へ向き合えるようになりました。
私にとって整骨院は、痛みを治す場所とともに、気持ちも整えることが出来る場所だなと感じていました。この経験から、私も誰かの支えになりたい、痛みを取ることはもちろん、競技や生活の中にある不安を一緒に乗り越えられる存在になりたいと強く思い、柔道整復師を志しました。
また、男性が多い業界だからこそ、女性の施術者として寄り添える場面も多いと感じ、女性ならではの視点でサポートしたいという思いも抱くようになりました。
大学4年生のときに見学で訪れたおおがね整骨院では、温かい雰囲気やスタッフの方々の患者様に向き合う姿勢に深く惹かれました。特に手技で世界を変えるというビジョンに強く心を動かされ、ここで働きたいと思い、入社を決めました。
現在は、スポーツを頑張る方だけでなく、年齢や性別を問わず、痛みで困っているすべての方が痛みなく生活出来るように全力でサポートしたいと考えています。また、痛みを取るだけでなく、生活の中で抱えている不安や悩みも気軽に話せる、そんな身近な存在でありたいと思っています。どんな小さなことでも、男女問わず何でもご相談ください。

名前 稲垣新太朗
資格 柔道整復師
経歴 2016年 真岡工業高校建設科入学
2019年 東京柔道整復専門学校入学
2022年 おおがね整骨院真岡中央院入職
2023年 おおがね整骨院北真岡院に移動
出身 真岡市
趣味 音楽LIVEに行く事、ベースの練習、NBA観戦
好きな
食べ物
ラーメン、アスパラガス

メッセージ 栃木県真岡市出身の 稲垣 新太朗(いながき しんたろう) と申します。
私は幼い頃から体を動かすことが大好きで、小学1年生から高校卒業までの12年間、サッカー一筋の学生生活を送ってきました。休みの日も関係なく、気がつけばいつもグラウンドでボールを追いかけていたほど、サッカーは私の人生そのものといえる存在でした。

そんな私が治療家を志す大きなきっかけとなったのも、サッカーによるケガでした。高校時代の試合中、アクシデントで足を骨折してしまい、「少しでも早く復帰したい」という焦りと不安のなかで受診したのが おおがね整骨院 でした。そこで出会った総院長の 大金先生 との出会いこそが、私の人生を大きく変える出来事となったのです。

大金先生は、痛みで沈んでいた私自身だけでなく、付き添っていた母にも寄り添い、真剣に耳を傾け、丁寧に説明してくださいました。その誠実な姿勢はとても印象的で、私も母も安心して治療を受けることができました。「この人なら信頼できる」と心から思えた瞬間でした。そして、ケガからわずか2週間で競技復帰できた経験は、柔道整復師という仕事の可能性と凄さを私に強く実感させるものとなりました。

治療の合間、大金先生から「新太朗は将来どうしたいの?」と優しく聞かれ、私は自然と
「大金先生のような大人になりたいです!」
と言葉にしていました。
その瞬間から、柔道整復師という仕事に対する憧れが本当の目標へと変わっていきました。

大金先生は、柔道整復師の魅力ややりがい、国家資格取得までの道のり、さらにはご自身が通われた東京柔道整復専門学校についても丁寧に教えてくださいました。後日、私は実際に専門学校の見学にも行き、将来について家族とたくさん話し合いました。そしてある日、診療後の静かな院内で、大金先生・私・母の3人で将来の方向性を語り合った時間は、今でも忘れられません。

その場で私は
「3年で国家資格を取得し、おおがね整骨院で働きたいので推薦を書いてください!」
とお願いしました。
大金先生は笑顔で「頑張れよ」と背中を押してくれ、その言葉が私の支えとなり、3年間本気で勉強に取り組む決意を固めました。

令和4年、世の中がコロナ禍で大変な時期ではありましたが、「3年で国家資格を取る」と約束した通り、無事に柔道整復師の国家資格を取得することができました。そして現在、私は念願であった おおがね整骨院・北真岡院 に勤務し、生まれ育った真岡市の皆さまの痛みや不安に寄り添い、少しでも笑顔で日常生活を過ごしていただけるよう、日々施術に励んでいます。

患者様から「楽になったよ」「ありがとう」と声をかけていただけることは、私にとって何よりの喜びであり、この職業の素晴らしさを実感する瞬間でもあります。
そしていつか、私が大金先生に憧れたように、柔道整復師を目指す若い世代にこの仕事の魅力を伝えられる存在になりたいと思っています。

これからも、真岡市の皆さまの健康と笑顔のために、全力でサポートしていきます。

二宮院

名前 戸波正揮
資格 柔道整復師
経歴 2002年 宇都宮生まれ
2015年 清原中学校入学
2018年 文星芸術大学附属高等学校入学
2021年 帝京大学入学
2025年 おおがね整骨院二宮院入職
出身 宇都宮市
趣味 ライブ観戦
好きな
食べ物
からあげ、お寿司、ラーメン、うどん

メッセージ 私がこの道を志したきっかけは、学生時代に負ったケガでした。部活動中に痛みで動けなくなり不安でいっぱいだった私に、通っていた整骨院の先生が親身に寄り添い、丁寧に施術をしてくれました。痛みが軽くなるだけでなく、「一緒に治していこう!」とかけてもらった言葉に心まで救われたことを、今でもはっきり覚えています。この体験が、私が柔道整復師を目指す大きな原点になりました。

現在はその時の思いを胸に、患者さん一人ひとりと真摯に向き合うことを何より大切にしています!私たちの会社には「生活習慣からくるあらゆる痛みを根絶する」というミッションがありますが、この言葉は自分の施術の軸にもなっています。痛みの原因は患部だけではなく、姿勢のクセや体の使い方、日々の習慣が影響していることも多いため、目の前の痛みを取るだけでなく、“どうすれば良い状態が続くか”まで考えて施術するようにしています。

施術をする中で本当に嬉しかったのは、患者さんから「前より良くなったね!」や「成長したね!」と言っていただけたことです。自分ではまだまだだと思うことも多いですが、そんな言葉をいただけると「この仕事を選んで良かった!」と心から思えるし、もっと力になりたいという気持ちが自然と湧いてきます。痛みがあることで日常生活が制限されてしまう方は多いですが、その方が少しでも楽になって「また動けるようになった!」と言ってくださる瞬間は、何度経験しても嬉しく、この仕事の大きなやりがいです。

柔道整復師として、まだまだ学ぶことは多いと感じています。ですが、目の前の患者さんの悩みに誠実に向き合い、日常を支えられる存在になれるよう、これからも“日進月歩”で成長していきたいと思っています!どんな小さなお悩みでも気軽に相談していただけるよう、そして「ここに来て良かった!」と感じていただけるような治療家を目指して、これからも努力を続けてまいります。

名前 水沼義智
資格 柔道整復師
経歴 2012年 栃木県立茂木高等学校卒業
2016年 帝京大学柔道整復学科卒業
2016年 深澤クリニック入職
2019年 おおがね整骨院入職
出身 栃木県芳賀町
趣味 筋トレ 読書 茶道
サウナ 娘と遊ぶこと
好きな
食べ物
焼肉 イカ エビ ラーメン

メッセージ 栃木県芳賀町出身の水沼義智と申します。
私は小学生の頃から野球を始め、高校卒業までずっと野球一筋で過ごしてきました。高校時代、練習中に太ももを肉離れし、近所の整骨院に数ヶ月通ったものの、なかなか改善せず、評判の良い別の整骨院を紹介されて通院しすぐに治していただいた経験があります。

その時に感じた「痛みが取れていく喜び」と「早く治してあげられる先生への憧れ」が、今の仕事を志すきっかけになりました。

そして実際に柔道整復師として働き始めた後、情けないことに一年目で私自身がぎっくり腰になってしまいました。患者さんの身体を診る立場なのに、逆に心配されるという経験は、大きな恥ずかしさと同時に強い気づきを与えてくれました。「人に言うだけで、自分の体を大切にできていなかった」。当時ほとんど運動もしていなかった私は、その出来事を機に「まずは自分が変わらないと」と強く思うようになりました。

そこから始めたジム通いでしたが、最初は三日坊主で、少しずつでも継続することを意識し、初心を忘れずに取り組み続けました。すると2年も経たずに身体は大きく変わり始め、筋肉質になり、自分でも驚くほど変化を実感できるようになりました。

そして興味本位で挑戦したベストボディジャパンでは、なんと日本5位に入賞することができました。まさか「痛めた自分の身体を立て直すところ」から始まった道が、ここまで広がるとは想像もしていませんでした。この経験は、私に「身体はいつからでも、どんな状態からでも変えていける」という確信を与えてくれました。

その実体験が、今の仕事の根本的な考え方にもつながっています。
私はただ痛みを取るだけの施術ではなく、その方が本来持っているポテンシャルを引き出すサポートをしたいと考えています。痛みが取れたその先の「こうなりたい!」に近づけるように、一人ひとりの可能性を一緒に広げていくこと。それが、私が柔道整復師という仕事を続ける上での大きなやりがいです。

身体は変えられますし、人生も変わります。
そのきっかけを与えられる人でありたいと思い、日々施術に向き合っています。

真岡中央院

名前 白塚涼汰
資格 柔道整復師
経歴 2015年 水戸商業高等学校卒業
2019年 帝京大学卒業
2019年 おおがね整骨院入職
出身 茨城県那珂市
趣味 家族と旅行
好きな
食べ物
寿司、焼肉、ラーメン

メッセージ おおがね整骨院真岡中央院院長の白塚 涼汰(しらつか りょうた)と申します。
私が柔道整復師を志したのは、高校時代に経験した肘の怪我と手術、そのリハビリ期間の影響が大きいです。

私は茨城県の那珂市と言うところで育ちました。
野球好きな家族の影響で、物心ついた頃からキャッチボールをしたり、おもちゃのバットでボールを打ったりしていた記憶があります。
小学校3年生からは野球チームに所属し、本格的に野球を開始しました
野球が大好きで、ボールに触らない日は無いくらい、毎日練習していました。
ですが、高校1年生の時、練習中に右肘の靭帯を損傷し、ドジャースの大谷選手も受けたトミージョン手術という手術を受けました。
元通りにボールが投げられるようになるには約1年かかりました。
そのリハビリ期間でチームメイトが辛い練習をしている中、自分はサポートをすることしかできない。力の差が開いていく事に焦りを感じていました。
支えてくれる家族や仲間のお陰で順調に回復していたのですが、中には肘の怪我を理由に練習をさぼっているだけだと言ってくるチームメイトもいました。
自分の感情が理解してもらえない事、周囲から見た時に自分はそう見えるんだ。ととても悲しかった事を鮮明に覚えています。

私はこの経験から、怪我の辛さは痛みだけではなく、やりたいことができない。それを周囲の人に理解してもらえない。など、様々な辛さがあると学びました。

だからこそ、より患者様と近い存在として寄り添い、痛みを取るだけではなく患者さんの心まで救えるようになりたい。
そんな想いから柔道整復師を志しました。

大学生の時、縁あっておおがね整骨院の見学をさせていただいた際に、薬や湿布がなくても、体の痛みを取れる手技の技術が学べる事を知り入職を決意しました。

入職後は日々沢山の患者様と関わらせていただくことで、私自身が成長させていただいていると実感すると共に、まだまだ成長できる。もっと沢山の方を救えるようになる!と技術、知識を学んでいます。

これからも学生時代の自分と同じように痛みで苦しんでいる方、やりたいことを我慢している方の支えになれるよう患者様に貢献していきます!

名前 苗木敬亮
資格 柔道整復師
経歴 2010年 栃木県栃木工業高校卒業
2014年 帝京大学医療技術学部柔道整復学科卒業
2014年 藤原整形外科入職
2024年1月 おおがね整骨院入職
出身 栃木県栃木市岩舟町
趣味 鶏肉、卵、バナナ
好きな
食べ物
ケーキ、激辛料理

メッセージ 初めまして!
おおがね整骨院真岡中央院の苗木敬亮と申します。
体の痛みや怪我、不調で悩む方々に「あかつきを支える全ての人に幸せを」の企業理念のもと、日々患者さんと向き合っています。私が柔道整復師の道に進もうと思ったのは、幼少期から続けてきたソフトテニスでの経験、そしてケガに苦しんだ日々があります。
ソフトテニスを始めたのは小学校6年生の頃でした。自分の思い通りのプレーが出来た時や良いボールが打てた時は、とても嬉しくて競技に熱中し、日々練習に励んでいました。練習の甲斐あって、中学校では関東大会に出場。その後、栃木県立栃木工業高校に進学し、部長としてチームをまとめながら厳しい練習を行っていました。そんな中、一生懸命練習していたため、肩を痛めたり、シンスプリントや足底筋膜炎等、足の痛みで思うようにプレーできないという悔しさを味わいました。そんな時に支えてくれたのが整骨院の先生でした。中学校の同級生の親戚がやっていたという縁もあって、高校生の時に初めて整骨院に行きました。
始めはどんな所か分からず、不安だったのを今でも覚えています。しかし、整骨院の先生が親身になって話を聞いてくれながら治療をしてくれて、痛みなく再びコートに立てたことは本当に嬉しかったです。その姿に感動を覚え、進路を決める際に、「自分も困っている人を助けられる人になりたい」と柔道整復師を志す決意を固めました。高校卒業後は帝京大学・柔道整復学科へ進学し、専門知識を深めながらソフトテニスも継続しました。実業団チームに所属し、大学のサークル活動も行いました。
大学では解剖学や運動学で学んだ事を競技にも活かし、個人戦で県大会準優勝を経験しました。知識が深まる事で痛みが改善したり、パフォーマンスが良くなる事を自分で実感することができました。
大学卒業後は、自分もスポーツでの怪我を治してもらった経緯もあり、スポーツ外傷や痛みで悩む学生を救いたい、また痛みで日常生活が困難な方を一人でも多く救いたい気持ちから整形外科へ就職しました。10年間にわたり幅広い症状の方のリハビリテーションを行いました。その中で、患者さんの身体だけでなく心に寄り添うことの大切さを学びました。
小さい子供から高齢者まで幅広い年代の患者さんと関わり、その方の背景・想い・生活まで理解しなければ、本当の治療にはならないと感じながら患者さんと関わっていました。そしてより1人1人と深く向き合い、治す技術を高める環境を求め整骨院への転職を決意しました。
転職を考える中で出会ったのが「おおがね整骨院」でした。おおがね整骨院のビジョンである 「手技で世界を変える」 という言葉に強く心を動かされました。現在、AIが発達し沢山の仕事がAIに変わってきています。そんな中で、私たちの行う手技療法は人の手の暖かみ、細かいタッチが必要な為、人にしかできない技術だと思っています。その手技の技術を高め続け、患者さんの痛みを取り、人生をより良く導くという方向性は、まさに自分が求めていた理想的なものでした。大金先生、そしておおがね整骨院とのご縁に本当に心から感謝しています。
これまでにも、他院では改善しなかった痛みに悩む患者さんを多く担当してきました。そんな方が自分の施術によって痛みが改善し、「もっと早く来ればよかった。」と言ってくださった瞬間は、本当に嬉しく、大きなやりがいを感じます。これからも「ここに来て元気になった」「人生が変わった」と言っていただけるよう、技術向上に努め続けたいと思います。
私は Akatsuki Medical Lab の共有価値観である「愛・誠実・感謝」を胸に、スクラブの右胸へ刺繍しています。患者さん、スタッフ、すべての人がより豊かに幸せになるよう、相手を思いやる“愛”を持って関わり、誰に対しても素直で誠実に向き合い、「ありがとう」という感謝の気持ちを忘れずに、より多くの人を幸せにしていきます。
今後も地域の皆さまにとって“痛みの最後の砦”となり、痛みで悩む方を一人でも減らし、真岡市の健康寿命を延ばしていけるよう、全力で治療に取り組んでいきます!

名前 大𣘺奈々子
資格 柔道整復師
経歴 2020年真岡女子高等学校卒業
2024年帝京大学卒業
2024年おおがね整骨院入職
出身 鹿沼市
趣味 蕎麦を食べに行くこと
好きな
食べ物
ネギトロ丼、蕎麦

メッセージ 初めまして!!
おおがね整骨院の大𣘺奈々子です!
私が柔道整復師を目指したきっかけは、高校まで続けていた卓球での怪我でした。高校2年生、新人戦の団体戦2週間前にトレーニング中に膝を打撲し、整形外科にも通い、薬を処方してもらいましたが痛みはなかなか引かず、思うように練習もできませんでした。その時に「10年間続けてきた卓球ができなくなるのではないか」「試合に出られても負けてしまうのではないか」という不安で毎日泣いていました。
怪我を言い訳にしたくない気持ちと練習できないという気持ちで葛藤していた時、知人に紹介された整骨院に行き、そこで受けた治療であれほど辛かった痛みが1回でなくなりました。さらに、柔道整復師の先生が「誰よりも練習してきたから大丈夫、思いっきりやっておいで」と背中を押してくれたおかげで自信を持って試合に臨むことができ、団体戦を優勝することができました。
その経験から柔道整復師という仕事を知り、私も痛みで困っている人、やりたいことを諦めている人の力になりたいと強く思うようになりました!

そんな想いで柔道整復師になり、『手技で世界を変える』というビジョンに共感してAkatsuki Medical Labに入社を決めました。患者さんの喜びのために自分が何ができるかを考え、行動する。まさに自分が理想としている柔道整復師になれる場所だと思っています。
また、私の白衣には『一期一会』という言葉が刻まれています。これは、どんな患者さんとの出会いも「未来を変えるための出会い」になるという想いを込めた、私の大切な言葉です。

実際に患者さんに入らせてもらっていると、痛みによって好きなことを我慢していたり、やらなくなってしまったりしている方がたくさんいます。あの頃の自分と同じように、悔しい想いをしてほしくありません。
治療は痛みを取るだけでなく、その方の笑顔を取り戻す役割があると思っています。

私は、その痛みに寄り添い、患者さんの未来を一緒に背負い、人生を変えるつもりで関わっていきます。痛みがある生活が当たり前ではありません!
痛みがなく、やりたいことを思いっきり楽しめる人生を共に目指していきましょう!

まずはお身体のお悩みをご相談ください!!
あなたのお力になります!!

名前 深見竜矢
資格 柔道整復師
経歴 2020年 茨城県立下館第二高等学校卒業
2024年 帝京大学卒業
2024年 おおがね整骨院入職
出身 茨城県筑西市
趣味 好きなバンドのライブ映像を見る
好きな
食べ物
ハンバーグ、すし

メッセージ 初めまして!
茨城県筑西市出身の深見竜矢と申します!
少しお時間をいただきまして、私の自己紹介させていただきます!
私は、小学3年生からサッカーをやっており、度重なる怪我に何度も悩まされてきました。
小学生では有痛性分裂膝蓋骨により、走る動作はもちろん、しゃがむ動作でも痛みがあり、1ヶ月間サッカーが出来なくなり、成長していくチームメイトとの差に大きな焦りを感じました。
そして最も悔いに残ったのが高校最後の公式戦の直前に起こった重度の捻挫でした。ゴール前で、相手選手に足を踏まれ、立つことも困難な状態になってしまいました。
最後の公式戦の試合には出られないとドクターに伝えられた際には絶望に包まれました。
その際に出会ったのが地元の整骨院の先生でした。
「なんとしても出よう!任せて!」と言って下さったのがとても嬉しく、私のリバビリのモチベーションを爆発的に高めてくれました。
試合には後半から出場しました。フル出場は叶いませんでしたが、あの状態でチームメイトと最後まで闘えた経験は何にも代え難い経験です。
結果は敗戦でしたが、先生のサポートが無ければグラウンドに立つことも出来ていなかったです。
この感謝と悔しさが私の原点にあります。

怪我を乗り越えられたのはこの先生のおかげです。この経験が痛みで諦めかけている人の身体と心を支えたいという使命感を与え、この職業を志すようになりました。
さらに、私のように痛みで悩んでいる人や苦しんでいる人に対して私が経験してきたからこそ出来る寄り添い方で助けたいという想いも出てきました。

そして、「手技で世界を変える」というビジョンを持って患者さんに接しているAkatsuki Medical Labの皆さんに感銘を受け、入社させていただきました。先生だけで無く、受付さんまでも「患者さんのために」を考えながら行動するチームに心から共感し、このビジョンは「痛みのない未来」を提供する事で、患者さんの人生そのものを変えるという決意を感じました。
私もここのチームで、その一員として患者さんに最も必要としていただけるよう存在になれるように知識・技術の向上を重ねて成長したいと思いました!

現在、柔道整復師として私が関わる事によりその方が少しでも明るく笑顔になるためには何をすべきかを考えて日々治療をしています!
具体的には痛みの再発を防ぐために、患部だけで無く、姿勢や癖を分析して根本改善を目指した施術や運動指導を提供しています!

そして、私にとって1番のやりがいは「痛くない!〜が出来るようになった!」と患者さんから報告を受け、最高の笑顔を見る事です!
怪我だけでは無く、デスクワークやスポーツ、日常生活によって起こる「〜がしたいけど痛くて出来ない」という壁を全力で変えれるように精進して、患者さんの諦めかけている夢や想いの一歩を踏み出せるようにサポートをしていきます!
よろしくお願いいたします!!!

名前 小林賢太郎
資格 柔道整復師
経歴 2021年 文化学園大学杉並高等学校卒業
2025年 帝京大学卒業
2025年 おおがね整骨院入社
出身 東京都 小金井市
趣味 k-popの音楽を聞くこと
好きな
食べ物
ハンバーグ

メッセージ 初めまして!
真岡中央院の小林賢太郎です!
私がこの道を志した原点は、高校時代の卓球部でケガをした経験でした。
大切な試合を目前に控えた時、腰を痛めてしまい、プレーどころか日常生活にも支障が出るほどの状態に。精神的にも追い詰められていたそんな時に救ってくれたのが、整骨院の先生でした。丁寧に身体を診てくださり、試合に出られるところまで回復させてもらった経験は、今でも鮮明に覚えています。

私は普段からアイドルの“推し活”を趣味としていて、ライブで元気をもらったり、日常の活力になったりと、推しが人生に与えてくれる力を日々実感しています。整骨院の先生として働く今、私自身も「患者さんに元気を与えられる存在でありたい」「小林先生に会うと前向きになれる」と思っていただけるような、“誰かにとっての推し”のような存在になれたらという想いを強く持っています。

また、私が大切にしている言葉があります。それは、私の尊敬しているアイドルの方の
「幾つになっても夢中になれるものがあったら、それは青春。そんな誰かの背中を押す存在になりたい。」
という言葉です。
この言葉は、私自身の治療家としてのあり方にも深く影響を与えています。年齢に関係なく、好きなものを好きと言えたり、何かを楽しみに頑張れる人を支えられる存在でありたい。患者さんが人生を楽しみ続けられるよう、身体の悩みを取り除き、その背中をそっと押せる治療家でいたいと思っています!

そのため、大学では解剖学や運動学、疾患の知識など多くの学びを積み重ねてきました。その中で特に大切にしてきたのが、身体の小さな変化や危険な兆候を見逃さない「気づく力」です。症状の裏側には、原因や予兆が必ずあります。そこにいち早く気づき、未然に防ぐことができれば、患者さんの未来の時間を守ることにつながる。そんな想いで毎日の治療に向き合っています!

また、私は「手術をしなくても治せるものなら、この手で治したい!」という気持ちを常に持っています。
痛みの原因は一人ひとり違います。“同じ症状だから同じ治療”ではなく、生活背景、体の使い方、癖、性格までも含めて、その人だけの治療を行うことを心がけています。治療中の時間が安心できる時間になり、前向きな気持ちを持って帰っていただけるよう、技術はもちろん、関わり方や言葉かけも大切にしています!

これから関わるすべての患者さんにとって、「ここに来ると元気になれる」「小林先生に任せれば大丈夫」と思っていただける存在を目指していきます!整骨院は痛みを取る場所であると同時に、日常を少し明るくする場所でもあると考えています。あなたの大切な時間を守り、やりたいことをあきらめずに続けられるよう、全力でサポートいたします!!

どうぞよろしくお願いいたします!

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